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日英社内通訳者2年目が、社内通訳者の役割を考える③:カルチュラル・クラリファイア

2019年7月7日

こんにちは!トリ女のマミです。

 

今回は「日英通訳者2年目が、社内通訳者の役割を考える」連載3回目で、駆け出し通訳者のトリ女が、文化の橋渡し役、あるいは「カルチュラル・クラリファイア(cultural clarifier)」の役割を考察していきます。

 

通訳+α業務(議事録・要約など)を考察した2回目の記事はこちら。

 

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通訳者としてまだまだ未熟者のトリ女ではありますが、実体験に基づいた考察を皆さまにお伝えすることで、通訳者を目指す方、現役の通訳者、通訳に興味がある方に有益な情報になれれば幸いです。

 

はじめに(カルチュラル・クラリファイアとは

通訳者の小松達也氏は「カルチュラル・クラリファイア(cultural clarifier)」を下記のように定義する。

 

ビジネス通訳などで新しく登場したもので、二つの文化に精通した通訳者が、クライエントに対し「何を、どのように言うか」までをアドバイスする、一種のコンサルタント業務を含んだものである。

(鳥飼 玖美子著『通訳者と戦後日米外交』p266)

 

つまり、コトバのプロで、異文化コミュニケーションのプロでもある通訳者に、スピーカーの発言を忠実に他言語に変換する役割だけでなく、外国人である聞き手に良い印象を与えるよう(少なくとも悪い印象を与えないよう)スピーカーの発言を積極的に「加工する」役割をになってもらおうというものである。

 

たとえば、謙遜を美徳とする日本人の発言をそのまま訳すと、自己主張を美徳とする国出身の聞き手には「自信がない人」と誤解されてしまう可能性がある。

 

そういう異文化コミュニケーション上のコミュニケーションミスを防ぐために、通訳者が事前ないし即興で、スピーカーの発言を「加工」する役割を「カルチュラル・クラリファイア(cultural clarifier)」とよぶ。

通訳者の見解

カルチュラル・クラリファイアが理解できたところで、この役割に対する通訳者の考えを、下記2名を例に挙げてご紹介したい。

 

  • 日英通訳者小松達也氏の見解:通訳はやるべきじゃない

通訳者としての自分を「機械」と位置づける、日英通訳者の草分け的存在の小松達也氏は、『通訳者と戦後日米外交』(鳥飼 玖美子著、みすず書房)で「通訳はそういうことを[トリ女注:カルチュラル・クラリファイア]をやるべきじゃないということを前から強く思っています」と断言し、オリジナルに忠実であることを重視する。

 

通訳が文化的なことも含めて内容的なことまでに介入するというのは、コミュニティ・インタープリターの場合は、これは別でしょうけどね、会議通訳の場合には、それはまったくタブーだと私は思いますね。(途中略)

小松自身が「しかし、そうきれいごとじゃないですよ。ただね、一生懸命それをより的確に訳そうという努力をしているということでしかないですね」と述べている通り、これは言うは易く行うは難し、であり、その都度、状況判断を迫られるということになる

(『通訳者と戦後日米外交』p267)

 

  

 

とはいうものの、上記氏のコメントにある通り、状況によってはカルチュラル・クラリファイアの役割をになう可能性を示唆している。

 

実際、小松氏自身も日本的な謙虚が過ぎる小渕恵三首相の通訳で、思いがけずカルチュラル・クラリファイアをになった下記経験をしている。

 

小松 「私は群馬県では角のラーメンやのおやじです」と。「中曽根さんと福田さんはでっかい、いわば三越、西武みたいなもんです」と言ってね、非常に自分を卑下した言い方をされるわけですよ。そういうのを訳してましてね、はなしてー一国の首相ですよ。ねぇ。

 こんなに卑下するのはね、外国の人にどういう印象を与えるだろうと考えざるを得なかったですね。ですから、そのときは、これは逐次通訳でしたけどね、そのときはやっぱり、ちょっと彼の卑下というのをむしろソッフン[soften 和らげる]してね、あんまり、「そのふたりに比べれば、私はまだビックショット[big shot]」ではない」というね、モデスト[modest]な存在だという程度にやわらげて言いましたけどね。それはやっぱり一つの文化の違いではあるでしょうね。

(『通訳者と戦後日米外交』p267)

 

以上のように、小松氏は通訳者がカルチュラル・クラリファイアをになうことに原則反対であるが、状況に応じた対応は必要としている。

  • 日中通訳者永富健史の見解:通訳者はコーディネーターでなければならない

それと対照的なのが、中国語の翻訳・通訳サービスを提供する日中翻訳通訳サービス社代表の永富健史氏である。

 

通訳は「コミュニケーション・コーディネーター」であると定義し、異文化の常識や習慣などに通じていることが求められる通訳者は、「商談通訳においては、コンサルタントとしての役割も必要になってきます。」と2005年のシンポジウムで語る。

 

氏の言う「コーディネーター」は、本記事の「カルチュラル・クラリファイア」と同義語と考えて良いだろう。

 

さらに永富氏は、下記ビジネスシーンでの日本語と中国語の表現の違い(通訳例)を例に挙げ、このカルチュラル・クラリファイアの役割を重視する。

 

 日本人の話し方:謙遜した表現例文:「当社は零細企業で今までに中国との取引経験もありませんが、当社の発展のためにぜひとも中国に進出したいと思っております。ご指導のほどよろしくお願いいたします。」(消極的で曖昧な表現)

上記例文の中国語通訳例は以下のとおり「当社の規模は決して大きくはありませんが、当社をさらに発展させるために中国との取引を積極的に促進していきます。そこで、貴社との協力関係を深めていきたいと希望いたします。」(積極的で具体的な表現)

*上記通訳は決して誤訳をしているわけではなく、積極的な表現に改めたものであり、中国語側に良い印象を与えるためのものです。この例でお分かりのように、通訳者はまさにコーディネーターでなければならないと思うわけです。

 

さらに、米原万里氏の『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』(新潮文庫)に登場する日商岩井(現:双日)の前モスクワ支店長・月出皓司ひたちこうじ氏は、通訳者に対してより踏み込んだ役割を求める。

 

月出氏は、通訳者には、発言者・聞き手両者の知識的「交通整理」をおこなう言語的な特権と役割的な義務があると下記に述べる。

 

 どうすればよかったといいますと、通訳さんは、金属の損失のノルマという話が出たところで、

「ちょっと待ってください」

 とソ連の人に言う。

私にもよく分かりません。そのノルマというのは何ですか。(途中略)」

 と仮にこう聞いたら多分、

「いや、実はわれわれの国ではこうこうこうで、こういうふうになってる」

 と言ったでしょう。そうすると、その通訳の人は、

「日本ではそんな考え方はないから、日本人は答えができないんです」

 というふうに、まず交通整理をしてかかれば、(途中略)ソ連人は、日本人のエンジニアはバカだなどと思わな方でしょうし、日本人のエンジニアは、ソ連人のエンジニアはあさってのことばっかり聞いて、しかも怒ってばかりいると思わなかったはずです。

 これが私たち商社の人間が通訳さんに期待することの一つであります。本当はこれを商社の人間がやればいいんですが、言葉が分からなければ、いくら商社マンでもこれはできない。

(米原万里著『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』)

   

 

ここで言う「交通整理」も異文化間のコミュニケーションを円滑にするための「カルチュラル・クラリファイア」と同義語と考えてよいだろう。

駆け出し社内通訳者トリ女の失敗例

駆け出し通訳者のトリ女は、「カルチュラル・クラリファイア」という役割をできるに越したことはないと考える。

 

このカルチュラル・クラリファイア、「スピーカーの発言を他言語に変換する」という通訳者の狭義の役割を拡大し、通訳者の負担を増やすことになる。

 

が、上記商社マンの月出氏のコメントにもある通り、そういう需要がある以上、通訳者として自身を差別化するためにも、そのスキルを磨くに越したことはない。

 

とは言いつつも、「カルチュラル・クラリファイア」を実行する前提条件には、通訳者としての信用獲得発言者との一定の信頼関係構築が必要で、トリ女のような無名の駆け出し通訳者は、状況によってはやらない方が身のためである。

 

そこで、下記にトリ女の失敗談をご紹介したい。

 

※通訳者としての守秘義務があるため、内容一部脚色していることをご理解ください。

 

シチュエーション:ビジネス苦戦を打開すべく、新たにA氏(50代前半)を某部署部長に迎え入れた。A氏は学歴・職歴ともに完璧、海外経験も豊富である(英語圏カウンターパートにもそのように紹介済)。そこでA氏の今後の戦略を聞くべく、英語圏カウンターパートとの会議を開催することになった。

 

会議まで1週間きったある日、A氏からプレゼンテーション資料(英語)のチェックを依頼されたトリ女、

 

  • A氏の英語力が高くない
  • 資料が多すぎる

 

ことに、残念ながら気づいてしまった。

 

英語については、1つの文にワードチョイス(単語の選択)や文法の誤りが散見し、もはや意味不明になっており、かつ日本語の資料もない(最初から英語で資料作成したらしい)ので、チェックができない。

 

また、パワポ資料が200枚程度あり(1枚の情報量が多め)、 ディスカッション時間を考慮すると、2時間の会議では終わらなさそう(英語圏カウンターパートは時間に厳しい)。

 

かつ資料の論理構造が、英語圏カウンターパートが好む「結論→根拠説明」ではなく、典型的日本人の「長い説明→結論」で、結論が資料の80ページ目くらいにきている。

 

まだ会議が始まってもいない中、駆け出し通訳のトリ女、社内で一人だけ、会議が大失敗することを覚悟したのである。

 

とは言え、(通訳者としてというより)一正社員として会社のためにできることをするなら、大失敗の度合いを最小限に抑えることはすべきかと思い、

 

  1. 資料中の大事そうな英文に限定して内容確認&英語修正
  2. 資料内容の簡略化&カウンターパートへの事前配布を提案

 

を試みた。

 

1については「内容確認させてください」と丁重に言って、日本語の内容を聞き出すだけなのでA氏も快諾。

 

が、問題は2つめ。

 

学歴・経歴も完璧、大企業で輝かしい成績を残しながら社会人経験30年積んできたA氏に、無名の中小企業で働く、「通訳」という肩書だけど実力不明、20才下のトリ女が「会議時間2時間におさまるよう、内容を簡略化した方が良い」と提案するのは、A氏の機嫌を損ねるだけで、トリ女に一利もないのは明らかである。

 

とは言え、本来30分の会議で90分も話してしまうA氏のトーク・スタイルを鑑みると、会議時間2時間をゆうに過ぎて、英語圏カウンターパートを怒らせてしまう可能性がある

 

ということで、トリ女勇気を出して簡略化を提案。

 

案の定、不快そうな表情と辛らつな言葉で提案は却下され、事前配布のみ承諾されて当日を迎えることとなった。

 

そして会議当日。

 

会議が始まった瞬間、英語圏カウンターパートから「事前に資料に目を通したので、内容の要約と結論を簡潔に言ってほしい」という要望あり

 

会議時間をできる限りディスカッションに使いたいとのこと。

 

予期せぬ展開に戸惑うA氏は対応できず、たどたどしい英語でプレゼン資料を1ページ目から読み始める。

 

徐々に表情がくもっていく英語圏カウンターパート。

 

開始から30分後、英語圏カウンターパートのトップが「われわれは忙しいんだ!」と机を叩いて微妙な空気のまま会議終了。

 

この後、A氏と英語圏カウンターパートの関係が悪化の一路をたどったのは言うまでもない。

おわりに

トリ女の事例では、正社員の社内通訳者トリ女が、役職高いA氏に悪印象を与え、かつ会議の大失敗を止められない(カルチュラル・クラリファイア失敗)という2つの失敗をしている。

 

会社員としての処世術から言えば、上記コンテクスト(文脈)で大失敗を止められた可能性は低いので、A氏に何も言わない方が、少なくとも1つ目の失敗を回避でき、A氏・トリ女ともにハッピーだったかもしれない。

 

一方でその選択肢は、会議が大失敗するという結果を見過ごすことにはなるのである。

 

本記事の最後に、映画『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(1993年、米・監督マーティン・ブレスト)でアル・パチーノ演じる盲目の元軍人のセリフをご紹介したい。

 

I always knew what the right path was.
Without exception, I knew, but I never took it.
You know why?
It was too damn hard.

俺はどの道が正しいかいつも分かっていた。

例外なく、知っていた。ただ、一度もその道に進まなかった。

なぜだか分かるか?

とてつもなく困難だからだ。

 

 

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  • この記事を書いた人

マミ@日英中トリリンガル

中国語キャリア模索中のアラサー駆け出し日英通訳者。超論理思考の夫に日々脳トレしてもらう、非キラキラ系コンサル妻。2020年1月現在妊娠中&同年春に第1子出産予定。

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