こんにちは!トリ女のマミです。
今回は「奇才の字幕屋・太田直子の魅力を生涯作品からひもとく」シリーズ番外編と題して、前回・前々回で書ききれなかった小エピソードを3つまとめてご紹介します。
字幕屋・太田直子氏の生涯6作品を紹介した1回目はこちら。
字幕屋・太田氏の生涯作品3作を紹介した2回目はこちら。
はじめに
上記に紹介した2つの記事で、字幕屋・太田直子氏の生涯作品をご紹介しました。
氏の作品を読んでいくうちに「字幕と関係ないけど、読者の皆さまにお伝えしたい!」、「これはさらなる考察を加えたい」と思う箇所ありましたが、第1回、第2回目の記事では、メインテーマ「字幕翻訳と太田直子氏」をブラさないよう割愛しました。
割愛した箇所のなかでも、字幕翻訳家を目指す方、字幕業界・字幕屋太田氏をもっと理解したい方にむけて、本記事では下記3テーマをお伝えしていきます。
- 字幕屋のお財布事情
- 字幕翻訳サービスの請求書をひもとく
- 字幕屋・太田直子氏のおススメ映画10選
字幕翻訳や映画、英語に興味ある方などに有益な情報になれれば幸いです。
字幕屋のお財布事情
2回目の記事で、『字幕屋の気になる日本語』(新日本出版社、2016年7月6日)から下記部分抜粋した。
まず、字幕の翻訳料は映画の長さで決まります。一分か十分単位で単価を設定し、たいてい十分=二万円~三万が相場です。登場人物がめちゃくちゃしゃべっていても、全然しゃべっていなくても料金は同じ。ゆえに寡黙な映画ほど「おいしい仕事」になります。標準的な映画の長さは百分くらいなので、一作品を翻訳すれば二十万~三十万もらえる計算ですね。
しかし、字幕世界でも価格破壊が進んでいて、十分=数千円なんてこともあるそうです。「労働時間十分」じゃありませんよ、「映像十分」。これはほぼ一日分の労働です。締め切りに追われ、私生活を
擲 って一日十時間以上デスクに張り付き、知力体力の限りを尽くした揚げ句が一日数千円では、かなりキツイはず。しかも、優秀で性格の良い若手ほどそういう仕事が集中し、便利に使われて身も心もボロボロにされ、「もうこんな働き方、わたしには無理です」と去っていくこともしばしば。これは字幕界の大いなる損失です。
(『字幕屋の気になる日本語』p206-207)
この情報をもとに、字幕翻訳家の年収を考察してみたい。
映画字幕の作成期間は翻訳含み最低2週間(『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』p4)。
上記抜粋より1作品の翻訳料20万円と仮定すると、字幕屋の年収は(少なくとも)520万円(20万円×52週÷2週間)。
仮に1作品30万円だったとして780万円。
もちろん、同時に複数の字幕翻訳をかかえてることもあるので、上記年収はプロの字幕翻訳家がもらえる最低年収と捉えることもできる。
が、『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』で紹介ある太田直子氏の生活を考えると、同時に2作、3作と翻訳を容易にこなせるようには見えないのも事実。
参考までに、字幕屋・太田氏の生活の一部を下記に抜粋した。
八月*日(火)晴 33℃
午前十時半起床。わたしとしては今日もわりあい早起きだ。コーヒーを飲みパンをかじって朝刊を読んでいると宅配便が届く。十二時から「ハコ書き」。四月に一度翻訳したとはいえ、今度の完成版は大幅に変更されているので、改めて最初から作業を全部やり直した方がいいと判断した。(途中略)
四時にはすべて終わるだろうと思っていたのに、作業はまだ三分の二。(途中略)帰宅後さらに残りのハコ書きをやって番号を振り、荷造りをしてコンビニで宅配便発送、これが午後八時。スーパーの総菜コーナーで穴子飯を買う。栄養の偏りを感じるが野菜ジュースでごまかし、台本のコピーを読み始める。
雑誌の連載エッセイのゲラがメールで届いてたのでチェックして戻す。深夜に豪雨。またくだらないメールをあちこちに送りつけて午前五時就寝。
(『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』p45-46)
通常時お昼12時起床~午前5時就寝の夜型生活で(『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』)、1日10時間以上デスクに張り付く仕事のお給料にしては、高いと言える年収なのだろうか・・・というのがトリ女の結論。
年収がそれ以下の若手が疲弊していくのも無理はない。
字幕翻訳サービスの請求書をひもとく
実は最近(2019年夏)、トリ女の現職で某大手企業の映像翻訳サービスを利用して、とある映像に日本語字幕をつけてもらった。
その請求書を見ると、下記項目で字幕翻訳サービスの料金が構成されている。
- 英語音声起こし
- スポッティング・英日字幕翻訳
- エンコード・字幕入り映像制作
- 管理費
- 出精値引き
大切な読者に有益な情報をお伝えするために、単価をご紹介したいところだが、字幕翻訳に関して完全ド素人のトリ女、その単価が安いのか、高いのかが判断つかない。
万が一極端に安かった場合、この記事がもとで、若手字幕翻訳家のお財布事情をさらに苦しめることになるのは本意でないので、現時点ではあえて公表しないのをご理解いただきたい。
では、項目別に補足を加えていくと、「音声起こし」と「スポッティング・英日字幕翻訳」は1分単位での料金、「エンコード・字幕入り映像制作」は映像の本数で料金を算出する。
たとえば15分の映像×6本に字幕をつけてもらうと、「音声起こし」と「スポッティング・英日字幕」は90分料金、「エンコード・字幕入り映像制作」は6本料金がかかる。
ちなみに、今回の請求書では「スポッティング・英日字幕翻訳」の単価が、太田氏が書籍で紹介した「たいてい十分=二万円~三万が相場」の範囲内におさまっていた。
「エンコード・字幕入り映像制作」とは翻訳した字幕を実際の映像に入れる作業、「管理費」は受領したファイルの管理、字幕を映像に入れられるように映像を変換する費用など、である。
これら費用すべて込みで約60万円(75分)と、Googleでざっと相場を見た限り妥当そうな値段だったのだが、忘れてはいけないのが出精値引きの存在。
これでがくーんと値引きされているので、そのしわ寄せが字幕屋の担当部分「エンコード・字幕入り映像制作」にきている可能性は否定できない・・・。
字幕屋・太田直子氏のおススメ映画10選
ブログ3回連続で字幕屋・太田直子氏を紹介したんだから、太田氏作字幕の映画を紹介してほしい!というブログ読者の熱い声が聞こえそうなものだが、それが意外と難しい。
太田氏の書籍でも触れられているが、映画館で上映する字幕、DVDになる映画の字幕、テレビで放映される映画の字幕、同じ字幕とは限らないのだ。
そして、同じ字幕翻訳家が字幕を作成しているとも限らない。
なので、映画館で上映する字幕という意味で、太田氏は『ボディガード』や『バイオハザード』シリーズなどに携わったが、Amazonプライムで見られる同作品の字幕翻訳家が太田氏なのか、少なくともAmazonプライム上だけでは分からないのだ。
せめてもの救いとして、太田直子氏がおススメする映画10選を下記にご紹介する。
出典は上記『字幕翻訳者が選ぶオールタイム外国映画ベストテン』(映画翻訳家協会、2011年)
「毒のあるブラックな味わいが好きなので、こういうラインナップになった」ー太田直子
『狼たちの午後』(1975年・アメリカ)
『黄金狂時代』(1925年・アメリカ)
サイレント映画で知名度のあるものを、という意図で挙げてみた。映画の誕生時にはセリフも音楽も効果音もなく、すべて映像で勝負していた。
『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1973年・アメリカ)
『ラウンド・ミッドナイト』(1986年・アメリカ)
『最後の晩餐/平和主義者の連続殺人』(1986年・アメリカ)
まっとうな学生たちが、将来ヒトラーのようになりかねない危険人物を”世のため人のため”次々と殺していくブラックコメディ。最後に殺しの標的となった人物が、武力や腕力でなく言葉によって学生たちをくじく。彼の論理は今も私の心に残っている。
『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986年・ソ連)
銅鐸のような宇宙船、意表を衝く”通貨”、脱力するしかない挨拶の所作。細部にわたってバカバカしさが炸裂する。全体主義批判でもある。これをソ連時代に作った根性がすごい。
『青空がぼくの家』(1989年・インドネシア)
※残念ながら現在(2019年8月)日本では入手できない映画になっています。
『コンタクト』(1997年・アメリカ)
『ロード・オブ・ウォー』(2005年・アメリカ)
『スクール・オブ・ロック』(2003年・アメリカ)
おわりに
今回含めて3回の記事で字幕屋・太田直子氏の魅力をお伝えしてきました。
まだ書ききれていない魅力もあるのですが、氏を紹介する記事は今回でおしまいです。
関連あるテーマの語学記事でひょっこり再登場するかもしれませんので、今後とも本ブログの愛読よろしくお願いします。
記事更新のはげみになりますので、
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